現在35才の私。今は事務職をやっています。思春期の、人生で一番デリケートな時期に、すごい勢いで紙の毛が抜けてしまいました。

 

当時、自分の育った環境にそぐわない私立のお嬢様高校に入学できた私は、当初こそ嬉しかったものの、周囲のお嬢様たちの派手な文化に馴染めずに、どんどん教室で孤立。特にいじめられたりはなかったのでそれで落ち込む方向にはいかなかったものの、どんどんお菓子に手が伸びるようになり、お菓子の暴飲暴食を繰り返す始末・・・。

 

母がきちっと作ってくれていた3食の御飯のうち、朝は御飯をシリアルに置き換えて食べていました。だって甘いから!お昼のお弁当こそきちっと食べていたものの、夕方家に帰るとスナック菓子の袋に手が伸び、バリバリと2袋完食!。

 

部屋にこもったまま、中学時代の友達と長電話しながらお菓子を食べるのが唯一のストレス解消だった私は、母が呼びに来ても逆ギレしてしまい、夕食は家族が食べ終わってから22時ごろになってからようやく食卓につき、箸を取っていました。

 

でも、大好物のお肉・・・それも、ハンバーグや唐揚げ、スペアリブなどの濃い味のものしか食べず。スナック菓子の食べすぎで体重も気になっていたのでまずは白米を抜いていました。

 

もともと緑黄色野菜が好きでなかったので、野菜もすべて食べません。魚は、フライや天ぷらのように揚げて味が変えられたり、鰤の照り焼きは食べられたけど、醤油くさい煮物などは、おばあちゃんが食べる食べ物!と思ってぜんぜん食べませんでした。

 

そんな生活が続いた高2の夏、あまりにも友達ができないのを気にした担任の先生が、アメリカへ1ヶ月の短期留学を勧めてくれました。引きこもりにも飽きていた私は留学し、現地の生活はとても楽しく、人間関係を大事にすることを学びました。しかし場所はアメリカ!ホームステイでお世話になった家族はとてもいい人たちだったけど、残念ながらママは10品目ぐらいしか料理のレパートリーがなく、ハンバーガーとホットドックとピザとタコス、フライドチキンのローテーションでした。

 

帰国後の秋、シャンプーをしていると手にすごく毛が絡むことに気づいた私は、三面鏡で頭の後ろを見てみると愕然!。10円禿げが3つもできていたのです。急いで母に相談すると、母の行き着けの漢方薬局に相談してくれました。結局、それまでの食生活やアメリカで環境がかわったストレスが原因ではないかという結論になり、食生活の内容をかなり注意され、漢方を処方されました。

 

冬頃には10円禿げがまとまって、大きな禿げになっていました。少しずつ苦手な野菜を食べれるように、ポテトサラダやレタスなどから始めて、ゆっくりと根菜の煮物や蒸し野菜、納豆などを増やしていってくれた母。漢方を飲みながら献立を改善していった生活が4年続き、大学時代は鬘ですごしていた私も、

 

自分の頭で就職活動をして社会人になることができました。全部自分で招いたことだけど、諦めずに献立を考えてくれた母に感謝です。